2017年8月28日月曜日

シシリア人の話: カザルマッジョーレの修道士 ロングフェロー 作

Tales of a Wayside Inn 1863
シシリア人の話: カザルマッジョーレの修道士 
ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー 作

1.
 もう何世紀も昔の事だが、真夏の太陽が照りつける中、二人のフランシスコ修道会士が、クタクタに疲れた重い足取りで寺に帰ろうとしていた。その白亜の壁と塔は残雪のように山腹に輝いていた。
 二人は埃まみれで、イバラに引き裂かれ、背中には清貧の印である物乞い袋を背負い、荷役のラバのように耐え忍んでいた。
2.
 一方の修道士はアンソニーと言い、慎み深く静かな男で、頬は青白く痩せていた。彼は夜行や懺悔や断食や祈りに多くを費やした。彼の体は、内側で真っ赤に燃え盛る木炭に積もった灰のように白かった。 
 彼の一日の多くは、修道士たる者の精神が神の声に耳を傾けその声に従うものであった。
3.
 もう一方はティモシーと言い、大きな図体で粗暴であった。彼は赤ら顔で、巨漢の修道士であった。尻が大きく、肩幅もそれに見合ってガッシリとしていた。それ故しばしば彼は、修道院の恥になるような騒音を薄暗い食堂に轟かせた。
 だが、ミサの教書で人の注目を集めることはまずなかった。というのも彼は読誦による修練を全くしなかったからである。
4.
 さて、二人が森を抜け出ると、喜びと驚きの光景があった。一匹の驢馬が木にしっかりと繋がれ、退屈そうに、大きく澄んだ目を瞬きさせていたのだ。
 驢馬の持ち主は、近所に住む農夫のギルバートであるが、彼は柴を探しに深い森へと分け入り、驢馬が熟考できるようにと日陰に残して行ったのだ。
5.
 ティモシーはその忍耐強い動物を見つけるやいなやこう言った、「神のご加護に感謝します。神は我等のために、この者をお遣わし下された。では、神に造られしこの生きものの背中に、我々の荷を載せることにしよう」
 それを済ますと、彼は慌てることもなく、驢馬の頭と首から端綱を解き、それを自身に装着した。そして驢馬がそうであったように、木にしっかりと繋がれて立った。
6.
 そして快活に笑い声を上げると、アンソニーに向かって叫んだ。
「さあ行くんだ。君の錫杖で驢馬を追い立てるんだ。そして修道院に着いたら、私は疲れと病気で熱が出たので、一晩農夫の所に泊めて貰うことにしたと言ってくれ。そうして、お布施の食料で頭陀袋が重くなったので、それを運ぶのに農夫が驢馬を貸してくれたと言うんだ」
7.
 アンソニーは、ティモシーの悪戯であるのが分かったが、彼がつむじ曲がりの変わり者であるのは知っていたので、敢えて諭そうとはせず、黙って彼の言葉に従った。
 そして、驢馬の尻を錫杖で打ちつけ、丘や林を越え頭陀袋に飼葉も添えて、修道院の門へと追い立てた。哀れなティモシーのことは、彼の運命に委ねることにした。
8.
 ギルバートは、焚き木にする柴を背負って、森から勢いよく出して来て、肝とつぶして立ち止まった。彼が驢馬を繋いで置いた場所に巨漢の修道士が立っていたのだ。
 ギルバートは震えながら立ち尽くし、近づこうとはしなかった。そして、目を見開き、ポカンと口を開け、ハットして十字を斬った。
 彼は迷信深く、これっぽっちも知性を持ち合わせていなかったので、それを地獄から来た悪魔だと思ったのだ。彼は狼狽えて口も聞けずに凝視したまま、背負っていた柴を地面に落とした。
 するとティモシーが言った。「驚くには及ばない。御前がここに繋いでおいた驢馬は、憐れなフランシスコ修道会の修道士であったということだ。しかも端綱に繋がれ慎み深く立っていたので、飢え死にするほど弱っているのだ。私を解き放ち、カザルマッジョーレの修道士ティモシーの哀れな話しを聞いてくれ」
9.
「私は罪深い者なのだ。御前は、私が聖なる頭巾とケープを着ているのが分かるだろ。御前は驢馬を所有していたのではないのだ。御前は、七つの大罪の大食の罪により、姿を変えられたこの私を所有していたのだ。驢馬として鞭打たれ使役され、草を食べるという贖罪以外その罪を逃れる術がなかったのだ」
10.
「私の受けた屈辱を思え。
 私の辿った悲惨な人生、
 私が余儀なくされた、労苦と鞭打ち、
 風の吹き抜ける納屋での惨め寝起き
 渋々与えられる僅かばかりの食べ物
 湿ってカビ臭い藁の寝床、これらがどんなものだったかを考えてみよ。
 私は、自分の罪の贖罪のためこれを成し遂げたのだ。
 そして、人として修道士としての人生が再び始まったのだ」
11.
 人の善いギルバートは、これらの話を聞いて、良心の呵責に苛まれ、修道士の前に崩れ落ち跪いた。そして、寛大な慈悲をお恵み下さいと懇願した。
 心正しい修道士は、今はすっかり心安らかになり、満面の笑みを湛えて彼の罪を赦した。そして時間も遅くなり、彼には休息が必要だったので、その夜、農夫の客となることを断ることもできなかった。
12.
 オリーブの茂った丘に、白亜の壁に模様の描かれたコテージが建っていた。近くの蜂の巣からは、遠くから聞える滝音のような、羽音が響いていた。
 隠遁生活を愛する人が、騒音や喧騒から離れ、満ち足りて暮らしている場所であった。それは、収穫物を目安にゆっくりと移り行く一年をはかる、クラウディア作の「The Old Man of Verona」のようであった。
13.
 コテージへとやってくると、彼の子供たち、そして肉付きのよい女将さんのシシリー夫人がおり、そして長年の畑仕事で腰の曲がった父親が長椅子に座って、ミラノとフランスの古い戦争での出来事を取り留めもなく繰り返し語っていた。
 家族の者皆、フランシスコ修道士を、敬虔な尊敬と畏敬の念をもって迎え入れた。
14.
 ギルバートは何が起こったのかを皆に話した。どんな疑問も、疑いも、推測も挟むこともなく、この心正しいブラザー・ティモシーは、自分たちが飼っていた驢馬であったのだと言ったのだ。
 彼等の瞳の驚きの色が見えるだろうか?
 彼等が「おお! 神よ!」と叫び声を上るのが聞こえただろうか?
 彼等の悲嘆と困惑がどれほどのものであったか!
詰まる所、全員その話を信じ、そしてこの苦しめられた男の中に、聖者を見たのだ。
15.
 長きに渡る厳格な断食が明け、すぐさま、修道士の欲求を満たすため、ありったけの食事が用意された。
 女将さんは台所の竈の火を勇んでかき回し、自身の願いとして、庭で飼っている最上で最後の二羽の鶏がつぶさた。
 サラダボールにはサラダが、そして、すべてに報いるために、高級なフランスワインが供された。
16.
 ブラザー・ティモシーがどんなに空腹に見えたか、何度言っても信じられないだろう。
 彼の食べる姿を見るほど愉快なものはなかった。
彼の赤い髭から白い歯がこぼれ、ワインと肉で、彼の顔は紅潮していた。
 彼は邪な目を、キョロキョロさせ、嘲笑し、色目を送ったのだ!
主よ! 彼は、ビンテージワインに神が宿っているとでもいうように、赤い血のようなフランスワインを飲んだのだ。
 彼はのべつ幕なし浮かれ話を話し続け、終わることを知らず、それどころかいよいよ増長して、常軌を逸したかのような、大きな笑い声を上げ、そして、羊毛のように生えている赤髭を揺すった。
 そして、シシリー婦人に色目を送った。
 とうとうギルバートは、お客に腹を立て、怒を表した。
17.
「正しき神父様」彼は言った「私たちは、禁欲というものが、どれほど必要であるかを容易に知ることができます。長い贖罪の後に、あなたは今夜罪を赦されました。しかしあなたは、誘惑に抗する力が弱いということを、明らかに示しました。そしてそれは、あなたが再び大罪に身を沈め、怖ろしい危険に陥ることを示しているのです」
18.
「明日の朝、太陽が昇ったら、修道院にお帰りなさい。さもないと、断食や神罰から逃れられません。あなたは、肉を食い馬鹿騒ぎをして、再び驢馬になるという大きな危険に突き進んでいるのです。神罰を望むならいざしらず、さもないと、あなたの皮膚は鞭でそがれることになるでしょう」
19.
 修道士はこれを聞いて、色を失い、稲妻に打たれたように我に返った。そして、爪先から頭まで赤くなり、赤毛の頭の青白く禿た部分まで真っ赤に染まった。
 老人は椅子で眠っていた。全員退席すると深く沈みこみ、どうしようもなくただただ眠った。
20.
 彼等は夜が明ける間際まで眠った・・・オンドリが鳴き声を上げるその時まで。しかしオンドリは鳴かなかった。ご存知の通り、彼等はピンピカのオンドリを殺して、昨晩食べてしまったのだ。
 修道士は、早起きして上機嫌だった。そして朝食を食べると、朝の祈祷の鐘が遠くから聞こえてきたかのように、急いで出立した。別れの挨拶はしたかどうか分からないくらいだった。
21.
 牝牛の息のように、清々しい朝であった。ハーブの香と松の木が蒸散させる甘いバルサミコのような香が混じり合っていた。朝靄がこれから暑い日になることを予言していた。
 アペニン山の上に太陽が昇り、その谷間に広がる霧は、鳥たちの歌声、人の声、鐘の音、牛の鳴き声などで満ち満ちていた。
22.
 ブラザー・ティモシーにとって、全ての事柄は無意味なものでしかなかった。彼は景色を愛でることを知らない、そしてこの景色も例外ではない。彼のめくるめく雑念は、ここでも、望みのものを見つけなかった。
 しかし、修道院の壁が視界に現れ、厨房の煙突から煙が立ち上り渦をまいて空気中に昇って行くのを見つけて、歩みを速めた。獣のように、少なくとも3マイル離れた厩舎の臭いを嗅ぎつけたのだ。
23.
 修道院の門を入ると、彼はそこで、例の驢馬を認めた。驢馬は耳をくるくり回して立っていた。それは、あの森で見つけた時と同じように、そこに置いておかれているように思えた。

 彼は修道院長に、この驢馬は、修道士たちの日々の仕事を軽減するために、金持ちで倹約家の男が、お布施として修道院に贈ったものであるということを伝えた。
24.
 そこで修道院長は何日もの間、この重大問題を熟考した。彼は多方面から何度も検討し、憂いのない結論が導きだせるものと期待したのだが、口さのない世間のことを畏れて思い留まった。
 もしこの手のお布施を受けたとしたら、「怠け者の修道士たちは、お布施袋を自分で担がずに、驢馬に運ばせているよ。」と言われることだろう。
 この手の中傷を避け、世間の口に上らぬようにするために、この面倒な問題は取りやめにして、手早くこの驢馬を売って出費を抑え、いざという時のためのたくわえにすることにした。
 こうして修道院長は驢馬を隣町の市場にやって、この厄介事から自由になった。
25.
 ある人が言ったように、偶然の出来事というものは、他の人からは運命と呼ばれるものとなる。 ギルバートが、その市にやって来たのだ。そして驢馬の鳴き声を耳にした。彼はそこへ近づいて行って、そして彼はそれを見た。
 彼は驢馬の耳元で囁いた。「ああ、なんということだ。神父様、私には分かるよ。暴食のせいで、再び驢馬にされてしまったんだね。私の忠告は皆無駄だったんだね。」
26.
 驢馬は、耳に息を感じて、振り返ることが出来ずに頭を振った。それはあたかも、農夫の話が面白くないという風だった。これを見てギルバートはもっと大声ではっきりと言った。
「私はあなたの事をよく知ってるんだよ。しらばくれて駄目だよ。あなたの髪は赤毛で、フランシスコ会の修道士で、名前はティモシーって言うんだよ」
27.
 驢馬は、秘密を暴かれたにもかかわらず、頑なで、再び頭を振った。そうこうしてると、二人の会話を聞きつけて大勢集まって来た。そしてギルバートが、真相を明らかにしようとすると、彼等は大声で囃し立てた。そして一日中、嘲笑と囃子歌で彼を愚弄し続けた。
「この驢馬が、修道士のティモシーと言うなら」彼等は叫んだ。「買って、やわらかい草でも食わせてやればいい。二度も驢馬に変えられたんだから、こいつのために、どれだけのことをしたってし過ぎるということはないだろうからな」
 こう言われて、人の善いギルバートは彼を買うと、端綱を解いて、[慎みと心の安寧に向かうことについて語りながら]、山や沼地を越へ家へと案内した。
28.
 子供たちは彼等がやってくるのを見ると、迎え出て喜びの余り大声を上げ、彼の首にぶら下がった。・・・それはギルバートの首ではなく驢馬の首だった。・・・そして彼の周りを踊り回った。
 それから神の聖なる人を飾るために、緑の草で冠を編んだ。子供の感覚では、手綱や認証札が無ければ、灰色の修道服の修道士と驢馬とを区別するのは全く不可能だった。
29.
「ティモシーさんよ」子供たちが言った。「以前と同じ姿になって、戻ってきてくれたんだね。僕達は、あなたが死んだんじゃないと思ってね、それでもう二度と会えないんじゃないかと心配だったんだよ」
 こう言うと、子供たちは彼の額の白い星にキスをした。それは、生まれつきの痣のようでもあり、徽章を帯ているよでもあった。そして、首や顔をなで、無邪気にたくさんのことを話した。
30.
 それ以来彼は、「ティモシーさん」として知られ、常に贅沢な暮らしをさせてもらった。それは、彼が穀物や藁をたらふく食べて恩知らずとなり、手がつけられなくなるまで続いた。
 ある日の事、哀れなギルバートは、自身を責めるように苦々しくこう言った。
「善良な親切が誤解された時は、少し鞭をくれてやるのがよいということだ」
31.
 ここで、彼の悪徳の多くを語る必要はない。ただ、幼子や老人に対しても後ろ脚を振る上げる習慣があった。
 また彼は端綱を壊して、狂ったよう走り出し、牧草地を越え野原を越え森を越えを草原を越えて逃げて行った。こんな悪さは朝飯前だった。一番ひどかったのは、夜中に小屋を逃げ出し、キャベツの苗床をめちゃくちゃにした事だった。
32.
 こうして、ティモシーさんは再び労働と苦痛の昔の生活に戻った。そして以前よりもひどく鞭打たれることとなった。
 安穏と抱擁の代わりに、雑多の仕事と痛みを伴う苦悩がやって来た。彼の苦役が増えるにつれて、食物は減って行った。遂には、彼の多くの苦しみを終わらせる死が最大の慰めとなった。
33.
 彼の死は大きな悲しみとなった。彼は悔い改めることをほとんどしなかったのだ。シシリー夫人は悲嘆に暮れ、子供たちは泣き悲しんだ。老人は未だにフランス戦争の出来事を覚えていた。そしてギルバートは、ここへやって来てそして行ってしまった彼の多くの美徳を賛美してこう言った。
「神様、どうかティモシーさんをお赦し下さい。そして、大食の罪から私たちを遠ざけて下さいますように」

 (日本語訳 Keigo Hayami)