落語全集 中巻 仏馬 金園社 今村信雄編


仏馬(ほとけうま) [マクラ] 後生うなぎ(ごしょううなぎ)

 「過ぎたるはなお及ばざるが如し」ということがありますが、まことにいい戒めでございます。馬喰町(ばくろちょう)にお住居(すまい)なさるある隠居さんがたいそう信心家で、したがって慈善を施し殺生ということを嫌いまして、蚊に刺されようが、のみに食われようが、決して殺しません。浅草観世音(あさくさかんぜおん)が信仰で、日参(にっさん)をしていらっしゃる。
 ちょうど四万(しまん)六千日、観世音の大割り引き、世の中にこのくらいの大割り引きはありません。一日お参りをすると四万六千日お参りをしただけの利益(りやく)があるという、仏体こそ一寸八分だが、さすが十八間(けん)四面の堂へ住まって、大きく暮らしているだけに知恵がありますから客を取ることは上手でございます。
 この隠居さん日参をするくらいゆえ今日はなおさらのこと、お参りをして帰りがけ、蔵前通(くらまえどお)りを天王橋のそばまで来ると、このごろ店を出したうなぎ屋、ふだんは気がつかなかったが、さすが紋日(もんぴ…特別な行事のある日)でお客があるとみえ、団扇(うちわ)の音をさせているので、隠居さんヒョイと見ると亭主が裂台(さきだい)へ上がって、今すでに目打ちを立てようとするからおどろいて、

隠「アアコレコレなにをするんだ」
亭「いらっしゃい、お上がんなさい」
隠「なにがお上がんなさいだ、おまえなにをするんだ」
亭「ヘェうなぎを裂いて蒲焼にするんで」
隠「では、うなぎを殺すのか」
亭「さようでございます」
隠「かわいそうだ、物の命を取ってそれを食えばどうなる」
亭「どうなるってお客さまのご注文だから、こしらえるんでございます」
隠「客という奴が心得ちがいだな、他に食い物がないわけじゃァなし、殺生をしないからってイモでもニンジンでも食ったらよさそうなものだ」
亭「そんなことをいった日にゃァ、わしどもの稼業になりません」
隠「稼業になってもならないでも俺の目にとまった以上は、どうして殺させるわけにはゆかない、俺が助けてやる、観世音参詣の帰り道、俺の目についたのは助けてやれという観世音のお導きだ、しかしただ助けろとはいわない、他の客にも売るものだから、俺もそれだけの金を出したら売ってくれるだろう」
亭「さようでございます。それはもうどなたに売るのも同じことですからお売り申してもよろしゅうございますが、なにしろ不漁続きでおまけに今日は四万六千日で、ばかなはね方をしておりますから、ちっとお高(たこ)うございますが……」
隠「高いといっても千両はしまい」
亭「エー千両はいたしません、おまけ申して二分でございます」
隠「安いものだ、じゃァ二分わたすよ」
亭「ヘエどうもありがとうございます、入れ物がなくっちゃァお持ちになれませんから、こわれていますがこの籠(かご)へ入れてさしあげます」
隠「アアもうひと足俺が遅く通ると殺されちまった、コレうなぎ、この後必ず人の目にとまるようなところにいるなよ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 因果を含めて天王橋からポチャリ川に逃がして、

隠「アアいい心持ちだ」と喜んで帰りました。それから毎日のようにうなぎ屋の前を通るたびに、亭主が裂台へ上がってうなぎを裂こうとするのを見ては買って逃がしてやる。うなぎ屋ではいい金箱ができたと喜んでいると、四五日隠居さん通らない。

亭「どうしやがったろう、この頃ちっとも隠居が通らねえが……」
女房「どうしたっておまえさんがあんまり毎日高く売るんで、隠居さんも買い切れないんで、いっそ見なければいいというのでまわり道をして新堀端(しんぼりばた)のほうでも行くんだよ」
亭「そうかも知れねえ、それじゃァ新堀へ一軒店を出そうか」
女「新堀へ店を出してどうするのさ」
亭「アノ隠居が通るだろう」
女「ダッテきっと通るかどうだかわかりゃァしない」
亭「それもそうだな、畜生どうしやがったろう、ふてえ奴だ」
女「なにがふてえんだえ、おまえのほうがよっぽどふてえ……ちょっとちょっとおまえさん噂をすれば蔭(かげ)とやら、向こうから、ご隠居さんが来たよ」
亭「エー来たァ……、ウム来た来た、じゃァきっと風邪でもひいて来なかったんだ、俺は裂台へ上がるからその手拭いを出しねぇ、鉢巻きをするんだ、ソレ襷(たすき)を出さねえか、グズグズしているうちに来るといけねえ、エーうなぎもどじょうもなかったか、ヤァしまった、なにか生きてるものはいねえか、猫はどうした」
女「猫はどこかへ遊びに行っちまったよ」
亭「しようがねえなァ、家の猫はねずみをとることを知らねえでうなぎやどじょうばかりねらってやがるから、こういう時にでも役に立てなくっちゃァ仕方がねぇ、どこへ行きゃァがったか、納得がいかねえじゃァねえか、アアしようがねえなだんだん近づいてきた、なにか生きてるものは……、アアその赤ン坊を出しねぇ」
女「おまえさん赤ン坊をどうするんだえ」
亭「どうしてもいいから出せということよ、グズグズしているうちに家の前へ来るじゃァねえか」

 ひったくるようにして赤ン坊を裂台の上へのせてギャァギャァ泣く奴を押えつけて庖丁を取り出したところへ来た隠居さん肝をつぶして店へとび込み

隠「コレコレなにをする、とんでもないばかな奴じゃァねえか、俺が四五日通らねえうちになにをしたかしれねえが、赤ン坊を殺そうなんてなんてえことだ」
亭「いらっしゃい、お上がんなさい」
隠「なにがいらっしゃいだ、赤ン坊を殺してどうする心算(つもり)だ」
亭「お客さんのご注文で」
隠「ばかをいえ、世の中に赤ン坊を食う奴があるか、とんでもねえ、わしの目にとまったからにゃァ、どうしても殺させるわけにいかねえ、俺が助けてやる」
亭「ご隠居さまの前でございますが、どうもこの頃は赤ン坊が不漁(しけ)続きで……」
隠「赤ン坊の不漁続きという奴があるか、いくらだ」
亭「お負け申して七両二分にいたしておきます」
隠「安いものだ、サア金をわたすよ」
亭「ヘエありがとうございます、では品物をお持ちくださいまし」
隠「オオ泣くな泣くな、俺がもうひと足遅かったら殺されちまうところだった、この後必ず人の目にとまるようなところにいるなよ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 因果を含めて赤ン坊を天王橋からドブーン、これは後生うなぎという落語でございますが……、まことにいい戒めでございます。

西念「弁長(べんちょう)さん困るじゃァありませんかね、あなたみたように そう酔っぱらってしまってはしようがありません、帰りが遅くなるとお師匠 さまに叱られますから、いそいで帰りましょうよ」

弁長「マア西念(さいねん)、おまえのようにそういそがんでもいいというに、わしはひどく大儀(たいぎ)になったによってこの土手でしばらく休んでいく、毎日毎日こうして、師匠の言いつけで本堂建立(こんりゅう)のためおまえと二人で勧化(かんげ)して歩くが、布施物がかようにたくさんあるで、イヤもう重うてならん」

西「困るなァ弁長さん、おまえさんそんなに酔って帰るとお師匠さまに叱られますよ、五戒(ごかい)をやぶっては困るじゃァありませんか」

弁「ハハハハハ、ナニわしが五戒をやぶった」

西「やぶったじゃァありませんか、おまえさんは飲酒戒をやぶってます」

弁「イヤおまえは年がいかんによって、そのようなこといいなさるが、師匠からして五戒をやぶっているではないか」

西「なんでお師匠さまが五戒をやぶりました」

弁「サア師匠がなんと説教して聞かせなさる、この世で悪いことしたら未来は 地獄へ落ちて呵責(かしゃく)の苦しみを受けると、このようにいうてなはるやろが師匠さん地獄へ行って見てきたことがあるか、極楽見物をしたことがあるか、ありゃせまい、ソレ見たこともないことをいう、これ五戒の中の 妄語戒(もうごかい)や、ナァ師匠からして五戒をやぶってるでないか、酒 飲んでいい気持ちになっているうちにこれが真(しん)の極楽やハハハハハ、 そうじゃないか西念……、アッ誰じゃ、わしの頭をたたくは、……ヤァおど ろいた、ちっとも知らんでいたが、うしろに馬がつないである、馬めがわしの坊主頭をしっぽでもってたたきくさる、アーおどろいた、この馬のように重い物のせて歩かせられ、休む時にもつながれている、これがまず地獄の苦しみ、やァ……、いいことがあるぞ、西念、おまえも今までこうして重い物しょって地獄の苦しみをしていたが、これから極楽浄土へ導いてしんぜるぞ」

西「なんです弁長さん、極楽浄土へ導くというのは」
弁「その荷物をこっちへ出しなされ」
西「私の荷物をどうなさる」
弁「いいからこっちへ出しなされ、ソレおまえの荷物とわしの荷物と一緒にして、この馬の背中へこういう具合にのせる」
西「アレなんだって弁長さん馬の背中へ荷物をのせちまって」

弁「だまってなさい、エートそれからと……そうだそうだ、おまえの丸絎(まるぐけ…中に綿などをいれて丸く仕立てた帯)をちょっと解きなさい」
西「これをどうするんで」

弁「こっちへ出しなされ、ソレいいか、こうしてなハハハハ柔順(おとなし)い馬やな、手綱を解いておまえの丸絎を手綱のかわりに結びつけて、サアこれを曳(ひ)いて、おまえ先に寺へ帰んなされ、わしは少し酔いをさましてあとからすぐに帰るによって、一足先へ行きなさい」

西「だってこの馬を曳いていっちまったら、馬の持ち主が困るじゃァありませんか」

弁「いいというに、わしがあとはいいように計らうによって、心配せんで先へ行きなされ、二人とも帰りが遅くなったら師匠によけい心配かけねばならん、おまえだけ先へ帰れば師匠も安心しなさる、もし師匠がわしのことを尋ねたら弁長はあとに残って説教をいたしておりますと、こういえば師匠も心配せんわ、はよう行きなされよ……、ハハハハ可愛い者やな、兄弟子(あにでし)と思うて、師匠に小言いわれんようにと案じてくれるはかたじけない、しかしこのように酔ってしもうてこれで寺へもどったら、師匠がまたなんのかの とうるさいことを言うやろうからな、ここでちょっと一眠りして酔いをさまして行こうか……アアいい心持ちじゃな、イヤこれはマア心づかんであったが、この堤の下は流れやな、わしは寝相が悪いさかい、これから転がり落ちて川へおっこったらどもならん、アアうまいことがある、この榎(えのき)に結びつけてある今の馬の手綱、わしの胴中へくくりつけて、そうして寝ていたら川へおちる気づかいない、ドレ一眠りやってこうか」

 膝を枕にゴロリ転がる、一杯機嫌で高いびき、日は西山にかたむきまして、疎朶(そだ)を背負うた百姓、菅笠(すげがさ)をかぶって杖をつっぱりながらやってまいりまして、

「ヤアえらく遅うなったから、黒の畜生さぞマア待ちくたびれてるだろうのう、イヤドッコイショ、黒や、今もどってきたぞよ、さぞマア待遠だったろうのう、これからわれの背中借りてこの疎朶を積んでもどるだ……アレ榎へつないでおいた黒がいなくなったかわりに、坊さまがつながって寝ているだ、どうした、これや、モシ坊さま、せっかくハア寝ているところを気の毒だけれども、ここにつないでおいた黒馬、おめえさま知んねえかね、オイ坊さま、チョックラ起きてくんろ……」

 弁長気がついて、眼を開いてみると前に疎朶をしょって菅笠をかぶった男が立っております。しまったこいつ馬の飼い主にちがいない、早く逃げちまえばよかったと思ったが今さらどうすることもできません、ヒョイと見ると笠の裏に次郎作と書いてあるのが目につきましたから、

弁「これは次郎作さま、おもどりでございましたか」
次「アレたまげたね、初めてあった坊さんが、おらの名前を知るわけはねえが、どうしておめえさま知ってるだね」
弁「知っているどころではございません、私は長い間あなたに飼っていただきました黒でございます」
次「なんだって……長(なげ)え間飼ってもらった黒だァ、われどうして坊さまに化けた」
弁「そのご不審はごもっともでございますが、これにはいろいろ訳のあることでございます、じつは私は前の世に弁長という出家でございましたが、身上(みじょう)が悪いのでお釈迦さまのお罰(ばち)をこうむりこの世に黒馬になって生まれてまいったのでございます、ご縁があってあなたさまに長らく飼っておもらい申しまして、難行苦行を積みましたおかげをもってやっとお釈迦さまのお怒りが解け、今日(こんにち)元の出家の身体(からだ)になりましてございます」
次「ハテこれはめずらしい話を聞くものだな、ウーム身上が悪くってお釈迦さまの罰を受けてこの世へ馬に生まれてきて、それが今日元の人間になったちゅうは、めでてえことだのう、そうか、縁あっておまえと長くこうして一緒に稼いできた、それに今日はおらが亡母(おふくろ)の祥月命日(しょうつきめいにち)だ、これから家へ一緒に行って仏さまへ経の一つも上げてもらいてえもんだ」
弁「ハイ、どうぞご一緒にお連れなすってくださいまし」

 弁長もよんどころございませんから、次郎作と話し話しその家へ連れられてまいりました。

次「今帰ったぞ」
娘「とっさま戻んなすったかね、おっかさんよ、とっさま戻ったよ」
女房「アレとっさま、なんだってマァ自分で疎朶しょってきただね、黒の背中へ積んで来なすったらよかろうに」
次「それがよ、ふしぎな話もあるだ、マァおいね、われもここへ来いよ、……弁長さんなんだっておまえ門口に立ってるだ、初めて来た家じゃァあるめえ、──長(なげ)え間一緒にいて知んねえものでねえ、みんななじみの者だ、こっちへ入んなせえな」
娘「おっかさんよ、とっさまァなんだかようすおかしいがね、門口へなんだか見なれねえ坊さまァ連れてきて、長え間一緒にいてみんな知ってる顔だなんて、変なこといってるが、ことによったらきつねにでもだまされてきやしねえかね」
次「コレおいねよ、なにぼんやり立って見ているだ、待て待て今おらが草鞋(わらじ)脱いで上へあがってゆっくり話しするから……、さて二人ともにおらがいうことよく聞けよ、ここにいるこの坊さんはな、これはハア今朝まで家にいた黒だぞ」
娘「ソレみなさいおっかさん、とっさまはきつねにつままれたにちげえねえ、アノ坊さま馬だってよ」
次「ハハハハ、われがそう思うは無理はねえが、じつはここにいる坊さまァ、前の世にやっぱりご出家だった、それからおまえ身上が悪くってよ、お釈迦さまの罰を受けてこの世に馬に生まれてきて、縁あって家に長え間飼っておいた、それがやっと今元の坊さまになっただ、なんとめずらしい話でねえか」
娘「アアそうかね、どうりでアノ坊さま、色黒くって、長え面(つら)だ、これから始まっただね馬づらなんてえのは」
次「ハハハハそんな悪口はいわねえもんだ、サア弁長さんさっきいった通りだ、どうか一つ仏さまへお経を上げてやってくだせえ」
弁「ヘエかしこまりましてございます」

 弁長、仏壇に向かってしきりに経文を唱えておりますうちに、斎(とき)の支度ができまして、

次「サァなにもねえけれども志だ、飯(まま)食べておくんなせえ」
弁「ありがとう存じます、ご馳走さまになります」
次「わしはここで相変わらずなにより楽しみの酒を一口飲むから、おめえさまそこで飯食べなせえ、おいねよ、われここへ来て坊さまにお給仕してあげろよ、おらは手酌(てじゃく)で始めるから」

 うまそうに次郎作がチビリチビリ飲んでおりますのを見て弁長、どだい酒好き、目の前で飲まれてたまりません、咽喉(のど)をグビグビさして、

弁「モシ次郎作さん、あなたにご無心がございます」
次「ハアなんだね」
弁「他ではございませんが、私は久しいあいだ馬になっておりまして酒というものの味をスッカリ忘れてしまいましたが、どうでございましょう、一口いただくわけにはなりませんかな」
次「ナニ酒を飲むというのか、ソレよくなかんべえ、ご出家が酒を飲んだらまたお釈迦さまの罰が当たるだろう」
弁「イエお釈迦さまが今日だけは酒を許す、そのかわり明日からは決して飲んではならないとおっしゃいました」
次「ハアそうかそうか、それじゃァお釈迦さまが今日一日だけは飲んでもいいといったか、それではたくさん飲んで明日からきっと慎まなけりゃァならねえよ、おいね、酒なかったら取って来うよ、サア弁長さん飲みなさい」

 弁長、下地のあるところへ、またじゅうぶんに飲みましたからベロベロに酔っぱらってしまい、

弁「アアこれはいい心持ちになりましたな、どうもしばらく酒の味を忘れていたところを飲みましたので、なんともいえん心持ちになりました、ハハハハどうだいおいねさん、あなたここへきて酌をしてくださらんかナァ、酒は燗(かん)、肴は気取り、酌は髱(たぼ)というてな、どうも女子の酌でないと酒はうまく飲めん、あんた一つ酌をしてくれんか」
娘「お酌なんぞしないでも、自分で飲んだらよかろう」
次「コレなにをするだ弁長さん、おまえダメだぜ、女子(おなご)の手を引っぱったりなんかして、そんなことするからお釈迦さまの罰受けるだ、また馬になるぞ」

 どなりつけられてさすがに面目(めんぼく)なく、弁長は酔っぱらったふりをしてそこへぶったおれて寝てしまいました、風邪でもひかしてはならないと、布団をかけてやったりなにかしてソッと寝かしておくうちに、弁長目を覚ましてみると夜が明けております、肝をつぶして挨拶もソコソコ逃げ出してしまい、寺へ帰ってまいりまして、

弁「ハイお師匠さまただ今戻りましてございます」
住持「ヤア弁長か昨夜(ゆうべ)戻らんから、えろう心配していた、では夜ふけまで説教してきなされたか、それはご苦労じゃった、時に西念が曳いてきた馬じゃがな、あれはどういう訳の馬じゃか、おまえが戻ったら話聞こうと思っていた」
弁「ハイお師匠さま、あれはな、こういう訳でございました、二人がお布施をたくさんもらいまして、重い物しょって歩くのがかわいそうやから、この馬に積んで行ったがよいといってもらってきたのでございます」
住「それはご奇特(きとく)のことじゃ、しかしおまえ方二人の丹誠(たんせい)で、本堂建立の勧化(かんげ)も充分にいったが、アノ馬を飼うとなると飼い葉その他も費(かか)るによって、おまえご苦労じゃが、アノ馬を市へ持って行って金に換えてきておくれんか、その金を本堂建立のうちへ加えたら施主の志も届くやろうと思う」

 住持の言いつけで否(いや)ともいえません。

弁「かしこまってございます」

 と、馬を曳いて市へ出かけてきて、いくらかに売って帰りました、こっちは百姓の次郎作、永年飼っておいた馬がいなくなって、不自由でたまりませんから、かわりの馬を買おうというので市へやってきてみると、昨日まで飼っておりました黒がそこに売り物に出ております。

次「ハテナおかしいことがあるものだ、おらがところの黒によく似ている馬だが……アア黒にちげえねえ、左のほうの耳に白い差毛(さしげ)がある、これがたしかな証拠だ、黒だ、弁長さんだ、オイ弁長さん、おまえマアせっかく人間になったに、酒飲んだり女子にからかったりして、またお釈迦さまに罰当てられて馬になったな、アー弁長さん情けねえ姿になんなすったのう」

 と馬の耳に口を寄せて、大きな声を出すと、馬はどう思ったか、首をヒョイヒョイと横に振った。

次「ハハハハダメだよ、いくらとぼけても、左の耳の差毛で知ってるだよ」


解説 これは落語としては珍しいものである。親が牛に生まれ変わったとか、自分の前身が黒だったと偽る趣向は馬琴の作などによくある手だから、たいして珍しいともいえないが今はやりてがない。先代の、二代目燕枝が時折やっていた。サゲはぶッつけ落。「後生うなぎ」のサゲは間抜け落ち。